光の縫目
竹内一犀
海亀の振り返りみる遠江
初蝶の大河の水を欲りて飛ぶ
岐阜蝶や蛇紋の岩の緩みいて
街おぼろ魑魅魍魎の夜汽車待つ
朧夜のフェリーボートのがらんどう
石を噛む備中鍬や四月馬鹿
亀鳴くやビネスカバンの得度僧
集魚灯ともしゆく舟花の雨
浜昼顔天の羽衣うち染めよ
虹立つやセルリアンブルーの長き靴
裏返る吾子の草履や夏来る
声変わりしたる少年呼ぶ蛍
つり銭の音の軽さや衣更
臍出して寝入る童や浮いてこい
炎昼に太き土管の眠りかな
母泣かす子のいて毛虫宙ぶらりん
迫り来る大海原や碧揚羽
トロールの晩夏の海を曳く重さ
黒鍵の三十六音原爆忌
天の川大樹ゆさぶる漢いて
流星や海亀生るゝ倭の国に
稲妻の沖遥かなり小亀這う
夏潮にデッキの我が影立ち上がる
もの想うオランウータン猫じゃらし
子ねずみの稲架の寝床を上げにける
山中に子の声ひびき通草熟る
淡海の底に国あり鰯雲
二鴉の声少しずれたる今朝の秋
冷まじや夜汽車の辿り着きし駅
小劇場はねて奈落に落つる虫
谷風にのせて紫雲英を蒔く子かな
しんがりにカナリヤ一羽稲雀
大夕焼け浴びて軍手を洗いける
薺粥手品のごとく現れし
初午や紺屋の引きし当り籤
海入日寒鴉の声に今とまる
鎌鼬河童の皿を損なわず
目の玉に邪気まだ潜む冬の蝿
怒りたるペンギンの息白かりし
展望台嚔がひとつ登りくる
夜神楽やおみなは里に隠れいて
船底に光る硬貨や多喜二の忌
小春日の海に三つの汽笛かな
暮れてなお畑に夫婦の頬被り
いまここに我と歩まんかまつかや
山彦はついに返らず冬花火
船底に座して牡蠣割る女かな
踏み惑う己が影あり冬の月
春寒の夜道にひとり迷い込む
まどかなる弦音果てなき雪の中
天涯に昇り行く雪見ていたり
大氷柱サタンは夜半に爪を研ぐ
谷ごとに声もつ夜の蛙かな
打ちのめす雨はあらずや葱坊主
玉葱の花天めざす変化球
夏闇や亀は砂丘に息を吐く
青葉潮深く墜ち行く沖の鳥
青梅雨の砂丘にひそむ鰓呼吸
巻尺の零夏草を這い戻る
掃除機の先より啜る夏の闇
全身の口腔孔穴夏闇に
身を反らす大地夏草刈しあと
光陰は行間にあり雲母虫
不死男忌や鉛管つなぐアセチレン
高熱のコンクリート壁脱力す
炎熱の機関車自由落下の日
悲しくんば頚動脈へ打電せよ
失踪はスローモーション凪の底
乾湿の自在な袋福笑い
水頭のてっぺん開くブロッコリー
唯揺れる満載の豚暁に
獅子の爪立てて墓石の苔を掻く
峡の灯の大いなる翳轡虫
雑踏に抜きんでているピエロの手
初時雨のっぺらぼうの砂畑に
除夜の鐘悪夢は闇に返すべし
夥しモアイと化して初日待つ
冬蝿と夜半の林檎の無重力
春風の芯に連なる盲学童
靴底に海の音あり朧月
少年のしょっぱい骨格爆走す
夏草に優しき眼もて潜伏す
歯の疼き真昼の宇宙の何処より
蟻の列宇宙の座標に紛れ込む
暴飲の山腹吐き出せ蛍の火
浴場の沈黙梅雨の連絡船
ずぶ濡れの無法地帯に椰子の実よ
ケイタイの黄色い振動茗荷の子
刈田踏む因幡の兎のリズムです
コスモスよ星の音するリュックサック
ハスキーな夕陽に少年切り立つや
夕凪に手話の手深く差し入れる
発熱の案山子の脊髄たて起こす
冬の虫砂丘の鎖骨に身をよせる
蟋蟀と我が墓つなげ石をもて
虎落笛俎板ぐっと噛んでいる
アラジンの呪文はハスキー吸入器
鯣焼く今何人にも従わず
夜の水仙魚眼まんじりともしない
包囲する気団撃ち込む冬木の芽
屠牛嘗む飼い葉の底の冬銀河
少年の一撃の穴神がいる
千代紙におみなの微熱桃の花
スケートしまう母なるもののいる闇に
菜の花の丘大海が担ぎ上ぐ
春の風邪懺悔のように持つ受話器
少年の帰路にこぼれる春の星
ポケットの底に立夏の海がある
泣き捨てしハンカチ鷺のコロニーに
沢蟹や森いっせいに皺になる
海霧呑んでぽとりぽとりと渡り行く
霧に入りサーファー無色の鳥となる
あとずさりする闇じゅわっと蟾蜍
花南瓜頭を低うして空をみる
祭の夜毛細血管森に入る
くすぐったい僕の沈黙葱坊主
蝉時雨都会に未完の洞がある
梅雨の丘自転車どっと哭き下る
鉄骨の集中荷重黒揚羽
少年の影たて起こせ枯野中
枯葦に皓々として夜の芥
ちゃぶ台は浮遊物体床暖房
砕かれし冬灯魚隣の湖と化す
夕凪は蜜のまどろみ手話の櫂
初茜砂上に沸き立つ衆生の眸
浜焚き火太郎の顔もつ異邦人
移動する無重力なりお年玉
蟹股の足跡漂着物の中
膏薬は空への小窓松の内
喘息の寝息星屑漂わす
燃え立つは魚隣や山茶花地に濡れて
おしゃべりのイントネーション朝鴉
いやさかの祝詞魚眼は藻にゆれて
おびただし呪縛の浮きを陸に干す
ウオーウオーと乙女泣きくる凪の底
まんさくの山あかときを解すなり
さまよえる少年春山吐き出せり
応答せよ蓮根のほの暗き穴
眸の色の融け行く疾走花盛り
チケットは羽毛の軽さ花曇
凧の骨抜いて春の夜しわしわす
さみだるる無臭の魚の誕生日
わがままな砂の手触りはまぼうふ
失踪は三日坊主よ黙る紙魚
かたつむり光りの縫い目残します
花菖蒲溶接工が眼を閉じる
むささびは重たいハンカチ梅雨月光
目覚めたる蛙静かな沸騰だ
軟着陸少年蟾の背をなづる
覗きみる我もけものよ谷螢
ぼおるとの深い穴なり梅雨夕陽
鉄骨の空中溶接黒揚羽
空なんてだいっきらいさ線香花火
向日葵やボールの意志をぱっと受く
鈍痛の石つぶてもて夏草に
夕凪の底に融けだす父性かな
打ち水のどの石踏もうモンドリアン
カンナ咲く無風地帯の重低音
穂すすきの風をころがせ子らの上
窓枠にかっとはみ出す柿であり
ずぶ濡れのライダー光の筒の中
繃帯の解けて芒の風となり
沈黙を諾う大地金木犀
手品師の鳩翔つあとよ白山茶花
戸襖をひとつ紛失日脚伸ぶ
ともしびを懐く冬蜂無実なり
凧糸の切れて麻痺する冬の雲
海に向く砂の足跡初日影
いびつなるものの始まり雑煮餅
枯芝の木立黙秘の麒麟なり
枯葦原鵜の群いちずに考える
満ちたりるもの眠らせん雛飾り
漂着や壜の内なる花畑
野ざらしの玉葱纏う光かな
やわらかい縄のからまり風ひかる
なだれ込む犬の放電かげろうに
花月夜鯨が海をみうしなう
鯨刀のこぼれ刃浸す春渚
ヒヤシンス夜明けのパトカーそこにいる
少年の息静かなり鉄線花
哭くように藍がとけだす夏の川
良く弾む水の筋骨朝の雷
抜け道は母の耳元桔梗咲く
草むしる老女己が影を撫づ
紅薔薇の余白に涙捨てに行く
髭を剃りベンガル虎に会いに行く
粉っぽい海原皆既月食下
月光のさざなみ寄する家並みかな
初秋のカーテンかすかなる痺れ
一滴のしずくのおもさ蝉時雨
哭き声はいつしか止みて凌霄花
さらさらの幸せ蛸の足を食う
夏烏賊の背筋汝を透きとおす
偽装する飛蝗よ賽の河原石
大夕焼け溶接工が浮上する
返すのは微笑みばかり白さるすべり
おもむろに弛める拳無花果よ
はらからの亡きがら想う虫の夜
鈴虫の背後の闇に海がある
今動く廃墟の時よ紋白蝶
一塊の光雲と化し大根引く
蓮の実真綿でくるむものばかり
砂畑は屈折地帯葱ひかる
真夜中の眠りの凝集黒葡萄
風の根は芋茎の群の真下なり
外套や地下のホームにある視線
もやもやの帆を上げ少年走る夜
豹革の長靴の中ぐずぐずいう
ふわふわの集音マイク冬銀河
冬かもめ風が眉間を突き抜ける
撒き上げる落ち葉の中は静かなり
犬抱く枯葉の中の温さかな
この世からふいにはみ出る絵の具かな
からからのバスルームなり冬月光
果てしなく踏みしめ全身耳となり
爆音の静かな上昇花盛り
昼も夜も背鰭ゆらめく映画館
透き通るさくらの下の無重力
五月闇阿修羅と分かる走り方
持ち歩く抜けた差し歯よ五月闇
淡墨のまあるい滲み青葉梟
初老との緩衝地帯蜥蜴這う
深層の闇汲み上げる蛍かな
湿布貼る我は亭主よ半夏生
案ずるも念ずるもなく西瓜食う
熱風を分け入る首から上である
凧糸を繰るごと深夜テレビ繰る
銀色の鮫立ち泳ぐ夜汽車かな
かぎりなく近づくものよからすうり
横長の高速の耳のこる虫
禿山はけらけらとありテロリズム
猫の目はこんな目夜半の反射鏡
海光の軽さや掻き揚げ桜海老
死角なる駿馬の明眸流星群
はてしなく缶けるものよ冬の星
木枯らしの真暗闇を焼き付ける
羽衣はひかりの息吹初夜空
本棚のノートの隙間にある寒さ
けものいる宇宙はみどりキューイ割る
陰陽は心の宇宙ふぐと汁
星雲の中心に居て雛飾る
彗星の先はじく音アイスホッケー
とんがった耳隠さんと春の野よ
縞馬の歯ぐきで歌う花盛り
人参の葉っぱよ少年眠りこけ
蛾の羽音我が指先をあざむけり
蜂の巣の生るゝは性器生るゝごと
みみずくの背後は緑のスキップだ
裏側の世の中見たし青蛙
万緑を出でて高速魚とならん
万緑は無言よ電動車椅子
金魚ではだめです人を探します
あお向けの背ナにさ走る雷の青
垂れ下がる左の景色夏の風邪
魚族との関り絶ちぬ夏の夜
少女とは豊かな蛙の弾力だ
夕焼けは父性目覚める竈なり
歌満ちる少女のたかさ赤蜻蛉
寝台が浮いて素足のさざなみや
ずぶ濡れの言葉が消えた洗濯機
薄墨の太い輪郭さつまいも
蛾と蝶にはらり分かれし夕べかな
家人みな異星人なり虎落笛
債務者の寒灯に我従えり
波羅密や榾の煙に蛇の串
けもの臭とりのぞきます冬月光
口中をからからにして雪しまく
腕時計冬の蜥蜴のごとく落ち
冬の雲うーんとこっちへ起きて来い
解脱なり光る山の端ホーホケキョ
人肌に触れる乙姫若葉騒
梅雨の婆行李立てたり寝かしたり
棺を打つ音永久にあり天の川
山の端を映して植田呼吸する
銀漢や漏斗の先に零す嘘
夏闇や漁火映る狐の眸
ガーベラの抱える闇を去りがたし
韋駄天はダリヤの脚で立ち止まる
沢蟹の空を挟んで昇るなり
枝豆で祓う男の厨かな
苦瓜や汝うからの一奇態
夕焼けのひんがしシーラーカンスかな
微笑みの距離に蜂いて歌うなり
夕焼けに山はボタンをはずします
花八ツ手重たい音をまわします
天空は柔らかくあり茎立ちす
雪原の列車無重力となる
公魚や陽やわらかく我が胸に
春時雨木霊の中を駆け抜けて
すっぽんの目をも粉とす旱星
五月雨はひかりの後ろ髪である
阿吽とは赤い眠りよ垂糸海棠
夏野中黒いサドルを置き去りに
知恵うすき人の指差す麦の秋
はねかえす万緑バンジージャンピング
蚊蜻蛉の堕ちて呵責の陽を浴びる
これぐらいの童のちんぽこ夜の蛙
地に憩う夫婦は老いて花南瓜
雨蛙さざなみ胸を膨らます
奈落こそ私の宇宙メロン食む
父呼べば中丈夫です暮の春
抱くように出水に傾ぐ墓起こす
晩夏光よく寝ることが仕事です
高笑いして背ナを反る野分中
秋あかね丘は光の発電所
秋うらら産婦人科は森の中
屈葬は夜汽車の響く心地なり
潤った耳なり蟋蟀堕ちる夜
忽然とひと現われる花野かな
稲妻に浮かぶ無限の砂がある
存在は私の真下の蓮根だ
余熱もて紅葉散り来る谷の底
空っぽの秋に逃げ込むけものかな
万物は挙動不審だ神無月
眼差しは雀の性器日脚伸ぶ
こぼれ散り鳩になります白山茶花
鋼板を貫く匂い冬夕焼け
かまくらや魔法のランプのともる音
花影に無言の微笑みあるばかり
えごの花路上追われしものに散る
人間の混沌若葉のフライング
陽炎につまずく風の又三郎
無花果の黙秘よ奈落に転がるも
信じるは豚足夕陽澄みわたる
ゆすらうめ宇宙の疼き醒めぬまま
再生はスローモーション梅雨曇
半分のメロンは穢れなきものに
騎士のごとガスボンベ立つ梅雨曇
雑踏に昼寝の真空地帯あり
暁の蜩ひとはみずとなり
鳳仙花乙女は笑いの準備中
夜の蝉八百屋魚屋がらんどう
かなかなや痛いの痛いの飛んでいけ
虫すだく闇に飛び込み浮上せよ
遠景はパントマイムだ秋の郊
いませんか父の呼ぶ声身にぞしむ
音も無く過ぎる銀輪花野道
どん底に湧き出ずる水澄みにける
無花果よのんどに赤い叫びあり
ひつじ田にひるげをひとり食べにゆく
モルヒネはコスモスの色神の色
はれぼったい暁の湖鯔がとぶ
叩かれて戻らぬ凹み戸の微笑
飛蝗とぶ地上のさまの愚かしさ
これよりは銀河鉄道禁土足
夥しい鴉の残像森消えて
真実と虚飾の墓原冬銀河
母拾うガラスは神の頬の骨
冬夕焼てらてらするは偽装なり
万丈の夢曳く犬や初茜
赤光の釣り橋駆けて冬空へ
釣り橋を歩む無言の冬のあと
冬苺光のなぎさに乙女いて
薄氷の底に目覚まし鳴り止まず
盲目の佳人の仰ぐ冬銀河
冬蝶や夢の真裏のつっかえ棒
南天の実ほどの罪をゆるしもつ
まじっくの黒目がわらう紙の雛
栄光はしかと地にあり水仙花
透明な傘置き去りに放浪者
盲目にしてあるがまま春の星
恍惚の父達者なりきんぽうげ
春泥に真昼の星を隠しおく
寝たきりの父に尾鰭や梅の花
空っぽの山のこだまよ木の芽時
ためらわば白木蓮の道行かん
アーモンド咲く乙女らの眼は清く
逃げ水や背後に迫る我が放浪
きゅんとした桜あしたは無口です
鈴なりの御魂よ雨の白木蓮
ひとであることを捨てます花盛り
朧夜の微熱よ蒼き鮫に会い
豊穣を孕むさざなみ麦青し
平けく光集まる花菜畑
青葉騒群れの掟を破る癖
墓石のどこかがへこむ青蛙
かきつばた雨のち晴れに生るヽ闇
溶けていく深き思考よなめくじり
夢の世とうつつのあわい額の花
抜きん出る緑の統べる麦の秋
蝙蝠や錬金術師の夕明かり
麦の秋おもちゃの兵隊片付ける
渦中には渦中の実あり梅雨晴間
真実を吐き出せ時雨のグラウンド
大根畑総立ちにして仁王立ち
口ごもる鈍い光よ冬の凪
高圧線冬の音符とト音記号
音の無いレースを狙え冬月光
木守り柿鴉の頬にかげりあり
ふるさとは雪を忘れてがらんどう
寝たきりを担いで葬の端に立つ
蚊が止まる墓の頭をはたきたり
青柿にうっすらとした黙秘権
故郷に祓う雪無し人も無し
冬の月総ての力地に放ち
冬月光にぎる拳を撫でる歌
冬の雨まぶた重たい街灯り
引き籠り凌げや地上の温暖化
息白き中に永久の光あり
天に手をかざし雪解の音を聴く
加圧して我浮上せり花菜畑
春闇に生まれる泡の果てしなく
抜け殻に風はひかりぬ痴呆症
春の空掛かる木橋渡る音
手を合わせひとと見えん鼓草
微笑みは花の間に間に零るゝも
泡を吐き泡を呑み込む春の闇
背を伸ばす耕人地球の芯となり